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東京地方裁判所 昭和33年(行)100号 中間判決 1959年3月12日

原告 井上貢

被告 労働保険審査会

訴訟代理人 朝山崇 外一名

主文

本件訴は適法である。

事実

原告は、「被告が昭和三十三年四月三十日付で原告に対してした、渋谷公共職業安定所長の昭和三十二年六月六日付原告に対する処分中昭和三十二年五月十六日以降百三十四日分の失業保険金はこれを支給しない旨の部分に対する原告の再審査請求を棄却するとの裁決はこれを取り消す。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は、東京急行電鉄会社を停年退職し、後、失業保険金の給付を受けていたが、その給付期間も七カ月間とされていたことや原告が罹病していた移動性盲腸炎の治療を健康保険の被保険者としてしたかつたことなどのため就職先をさがしていたところ、たまたま新聞広告によつて芝白金台町一の六二所在製耕社でトレース工員を募集していることを知り、結局同社に採用されて昭和三十二年四月と翌五月に各六日間働いたけれども眼が疲れて耐えられず、同月八日退職した。ところで、原告は、同月三十日に、職業安定所の調査官から「現在勤務してはいないか」との質問を受けたのに対し、「現在は勤めていないが、以前には勤めたことがある、しかしその会社名は忘れた」旨答えたところ、原告が故意に勤務先名をかくしているものと判断され、不正の行為による失業保険金受給者であるとされた結果、渋谷公共職業安定所長は昭和三十二年六月六日原告に対し同年四月十九日から五月十五日までの支給失業保険金合計一万五千九百三十円を返還すべきことおよび同月十六日以降百三十四日分の失業保険金はこれを支給しない旨の処分をした。しかし、原告が、働いたことを予め申し出なかつたのは短期間の勤務だからよいであろうとの気持からであつたし、また右のように会社名は忘れたと述べたのは、製耕社でした仕事は原告にとつてはじめての作業でありその会社名もふだん聞いたことのないものであつたし、右調査官の質問を受けたときは原告が五月二十日に盲腸炎手術のため入院し同月二十六日退院したばかりで手術直後のことであり気分もすぐれず早く自宅に戻つて休養したいと気があせつていたときでもあつたし、事実会社名を忘れてもいたのであつたからである。したがつて、原告としては何ら不正の行為によつて失業保険金の支給を受けたわけではないから右処分は事実誤認に基いてされたものである。のみならず、昭和三十二年五月十六日以降の失業保険金までも支給しないことは現在原告は失業しているのであるから失業保険法の趣旨に反するし、仮りに然らずとするも原告につき存する家庭の事情等を考慮するときは原告の生活権を奪いその生命を断つに等しい結果を招来する。右のように渋谷公共職業安定所長のした前記処分中昭和三十二年五月十六日以降百三十四日分の失業保険金を支給しない旨の部分は違法であるので、これを適法として認容し、原告のした再審査請求を棄却した被告の裁決もまた違法であるので、請求の趣旨記載のような判決を求める」と述べ、被告の本案前の主張に対し、「原告は労働保険審査会がした請求の趣旨記載のような再審査請求棄却の裁決について不服であつたので本件訴を提起したのであり、同審査会を被告とする意思で「失業保険金再審査請求訴訟」と題する書面を裁判所に提出したのである」と附陳した。

被告指定代理人は、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、「原告は、昭和三十三年八月十二日に「訴状訂正申立書」と題する書面を裁判所に提出しているが、これによつて訂正さるべき訴状は存しない。もつとも、同年七月十九日に裁判所に書面を提出しているが、該書面には当事者、請求の趣旨および原因についての記載がない。したがつて何人を相手にいかなる請求をするのか分明でなく、むしろ裁判所に対する陳情にすぎないものというべきであつて訴状と解することはできないから、右訴状訂正申立書が提出された日に始めて訴の提起があつたものといわねばならない。仮りに右訂正申立書によつて不適式な訴状が補正されたものとしても、適式な訴提起の効力を生ずる日は右訂正申立書が提出された日であつてその日以前に遡ることはない。右のように、いずれにしても適式な本訴が提起された日は昭和三十三年八月十二日である。しかして本訴は被告がした昭和三十三年四月三十日付裁決の取消を求めるものであるところ、同裁決は同年五月二十二日原告に送達されているので、失業保険法第四十五条に規定する六十日の出訴期間を経過した後に提起された不適法な訴であり、却下を免れない。」と述べた。

理由

被告は本件訴は出訴期間経過後に提起された旨主張するので判断する。

およそ訴の提起は原則として訴状を裁判所に提出してすることを要する。訴状には民事訴訟法第二二四条所定の事項を記載しなければならず、もしそれらの記載を欠くときは訴状としては不適式なものといわざるを得ない。かような不適式な訴状が提出されたときは裁判長は相当な期間を定めてその期間内に欠缺を補正すべきことを命ずることを要し、当事者がこれに応じもしくはみずから進んでその不備の点を補正するならば当初の訴状に存したかしは治癒され、当初の訴状と相まつて適式な訴状が提出されたこととなるも、補正期間内にこれをしないときは裁判長は訴状を却下するのである。この一連の関係によつて見ると不適式の訴状の提出であつてもそれが補正期間の徒過により却下されない限りはじめに訴状としての書面が提出された時にすでに訴の提起があつたものと解するのを相当とする。

論者あるいは訴状が不適式のときはまだ訴提起の効力なく、それが却下されることなく裁判長により受理されるに至つてはじめて訴提起の効力を得るものとするけれども、ただに訴の提起は訴状を裁判所に提出してするとの前記法条の文意に遠ざかるのみでなく、実際上も当事者の予測しがたい時期に起訴の効力を認めんとする点で妥当でなく、これを採用しがたい。もつとも、ここに訴状の欠缺補正といつてもその間おのずから一定の限界の存することは当然である。すなわち、訴状として提出された書面がたんに右に述べた如き意味において法定の要件に欠けるところがあるというに止まらずその形式もしくは表現において何を意図するのか全く理解することができずもしくは訴を提起するものとはとうてい認められない場合、換言すればそもそも訴状の体をなさず、裁判所に対する私信ないし陳情の類としか認められないようなものはもはや訴状記載要件の欠缺の問題とはいい得ないから、これを補正する余地はなく、仮りに補正の名目で所定の事項がみたされたとしても、それは当初のものとは別個にあらたに訴状が提出されたものと解すべきものであろう。然し、そのような場合でなく、その書面自体から少くとも権利もしくは法律関係の存否に関し自己の主張の当否について訴訟という方法で裁判所の判断を求める趣旨を看取することができる以上、その記載要件におけるかしにかかわらずこれを訴状とみるにさしつかえなく、その時において訴の提起あるものというべきである。

これを本件についてみるに、原告は昭和三十三年七月十七日付(同月十九日受付)で当裁判所に「失業保険金再審査請求訴訟」と題する書面を提出したところ、右書面には「訴訟人」として原告の住所、氏名は記載されているが、被告としての表示がなく、かつ請求の趣旨、原因も明確にこれを識別すべき記載がないことは本件記録により明らかであるから、右書面は民事訴訟法第二二四条第一項所定の事項の記載を欠くことは明らかである。然し、その表題および表現されているところからすれば少くとも被告労働保険審査会によつてなされた失業保険金の給付に関する行政処分に対する不服を主張し、かつ訴訟の方式によつてその主張を貫徹せんとの趣旨はおのずからこれを看取することができるから、これすなわち一の訴状としての書面たるに妨げなきものというべく、ただその記載が不適式であるに止まり、決して被告主張のようにたんに陳情書にすぎないものではないといわなければならない。そして、原告は裁判長の補正命令をまつまでもなく昭和三十三年八月十二日付で訴状訂正申立書と題する書面を提出し、これにより前記不備の点はすべて補正されたこと明らかである。したがつて本件においては前記説示の理由により当初の書面が提出された昭和三十三年七月十九日に本件訴が提起されたものということになる。そして、本訴は被告がした原告主張のような昭和三十三年四月三十日付裁決の取消を求めるものであるところ、同裁決が同年五月二十二日原告に送達されたことは被告のみずから主張するところによつてこれを認めるべきであるから、結局本訴は失業保険法第四十五条所定の六十日の出訴期間経過前に提起されたものであること明らかで、その点においては適法であるといわなければならない。

よつて主文のとおり中間判決する。

(裁判官 浅沼武 中村修三 秋吉稔弘)

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